シコブチ信仰と
筏流し

「筏流しの再現」
びわ湖イカダ旅

令和3年度大津市立葛川中学校3年生KCLプロジェクト/カルチャークルーの3人が「筏流しの再現」びわ湖イカダ旅に挑戦しました。令和3年7月20日から22日の3日間をかけ、安曇川流域の河口から道の駅びわこ大橋米プラザまでの湖上約30kmの道のりを、筏で航行しました。筏に組んで運ばれた杉の木は丸太テーブルベンチとして、道の駅びわ湖大橋米プラザのデッキで利用されています。

「筏流しの再現」に
込められた願い

「筏流しの再現」びわ湖イカダ旅に挑戦したのは大津市立葛川中学校3年生の3人です。大津市立葛川小・中学校は安曇川上流の山間に位置する小さな学校です。2018年から向こう3年間、小学校への新入学生が一人もいなくなり、廃校の危機を迎えました。そこで、地域のことを知ってもらい〈Know〉、来てもらい〈Come〉、住んでもらう〈Live〉ための取組、KCLプロジェクトを始めました。中学3年生3人KCLプロジェクト/カルチャークルー(2021年)は、豊かな水と森林資源から生まれた土着の文化である「筏流し(いかだながし)」を発信する取組を進めてきました。

葛川・久多など山間の地域は、かつて山林を生かした炭焼きや木材加工などで栄えました。仕事のなかに、切り出した木材を筏に組み、河川を流して都まで運ぶ技術がありました。筏流しです。筏を運ぶ仕事に従事した人は筏師と呼ばれ、地域の花形の職業でした。時代の流れと共に山間の産業は衰退し、戦後まもなく筏流しも筏師も山間の地域から無くなりました。しかし、 安曇川流域の葛川・久多では、伝説の筏師「シコブチさん」がいくつもの神社に祀られ、独自の水文化「シコブチ信仰」が伝わっています。河童退治の伝承もあります。僕たちカルチャークルーは、古来より伝わる水文化や、自然の美しさ、豊かさを発信し、地元地域の活力を高めたいと考えています。そして、廃校の危機から自らの学校を守りたい、それが「筏流しの再現」に込められた願いです。

なぜ筏を運ぶのか?

山間に位置する葛川・久多では、学校も、筏流しという水文化も途絶えようとしています。2013年から「地域のためにできること」と題した懇話会を地域一丸となって行ってきました。懇話会で出た意見を広く実行するために KCL プロジェクトが発足されました。僕たち自身が住む地域、学校、文化を守りたいという思いがこの活動を始めることになったきっかけです。僕たちが小学4年生(2016年)のとき、この地域における筏師でただ1人存命の方に、筏師という仕事について、筏流しという資材運搬の技術についてお話を伺いました。このとき、子ども心に「筏を組んで乗ってみたい」「この地域に伝わる筏流しを自分の手でやってみたい」という思いを抱きました。その後、小学校では間伐体験を、中学校では筏の試作を続けてきました。学校が廃校になっても、 筏流しを語り継ぐ人がいなくなっても、この活動を進めることができません。今しかできない、僕たちがやらなければならない活動だと考えています。

古来より、筏師は地域で育った木々を筏に組んで街まで運んでいました。僕たちは、かつて筏師が地域の資源を街に運んだように、この地域の水文化、魅力、課題をこの地域の外に運びたいと考えています。そして2021年の夏、僕たちは地元地域で育ったスギの木で筏を組み、安曇川流域の河口から、びわ湖イカダ旅に出航しました。おおよそ30kmの道のりを3日間かけ、道の駅びわ湖大橋米プラザに丸太を運びました。

運ばれた丸太は、びわ湖大橋米プラザのデッキでテーブルベンチとして利用されています。山間の資源である丸太を街に運び活用してもらうことで、僕たちの暮らす葛川・久多や葛川小・中学校が未来につながっていけばと願っています。長い年月をかけて育ち、運ばれてきた丸太の温もりでくつろいでいただき、山間の地に息づく水文化、そして山間で暮らす子供たちの願いを感じていただければ幸いです。

KCLプロジェクト カルチャークルー